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島原漫録076(07-08-19)

<自動車入院中>
 先日諫早駅まで運転の練習(私の運転で片道約1時間)をしてしまいました。次は道を伸ばして、大村駅まで練習しようと思っています。大村は長崎県のほぼ中央にあたり、県の色んな会議が大村で行われることもあるからです。

 諫早駅への運転の練習をしていた日、またまた自損事故を起こしてしまいました。他人にぶつけたとか、私自身が怪我をしたとかはありません。

 諫早駅の横にスーパーSYがあります。その駐車場に自動車を止め買い物をし、帰りのゲートを出る時に事故を起こしました。駐車券をゲートの差込口に差し込もうとして、誤って足元に落としたのです。それでその駐車券を取ろうとして、ゲートの土台のセメントに自動車の右角あたりをぶつけてしまいました。

 出口のゲートは下り坂になっています。私は右足でブレーキをかけたまま、足元の駐車券を取ろうとして身をかがめた時、右足のブレーキを踏む力がゆるんだようです。下り坂なものでズズズと自動車が前進し、右側のウィンカーのガラスを含む一帯がブリブリとやられてしまいました。幸いにしてウィンカー自体の点滅は大丈夫でしたので、そのまま島原まで帰ってきました。

 修理のためにかかりつけのスバル島原店へ持っていくと「警察に見つかったら捕まっていたところですよ」と脅されてしまいました。それがお盆前のことです。「今からですとお盆休みに入るので、出来上がりは遅れます。代車を使いませんか?」とのこと。

 私は代車を断りました。だって自分の自動車でしたら傷つけても平気ですが、使う代車をまた傷つけたらエライ目に合いますもの。次の代車、次の代車をかたっぱしから傷つけたら、スバル島原店は代車がなくなるでしょうし、私も破産してしまいそうです。

 そういうことでもう1週間以上運転していません。自動車を持つ前は何とも思っていませんでしたが、持った後はもういけません。自動車って本当に便利だと痛感しています。特に母も買い物に遠出が出来なくなり、不便だと言っています。

<ドライバー怒涛の痛い教訓>
 全部が全部ではないと思いますが、ブレーキをする時は、極力サイドブレーキも忘れずにしよう!

<プリンタ>
 前回プリンタが壊れたと書きましたが、兄がお金を出してくれたおかげで、無事新品を購入することが出来ました。感謝。

 今度はプリンタ、スキャナ、コピーが出来る一体型です。以前までは一体型の機種による印刷は、プリンタのみの最上位の機種に比べてちょっと劣っていたのですが、今はそういうことはありません。遜色はないです。

<写真>
 島原の精霊船の写真を久しぶりにフィルム(iso800)と外付フラッシュで撮りました。去年デジカメで撮ったのですが、夜ですと私のはシャッター速度が遅くなり、ほとんど画像が流れてしまっていました。それで今回はフィルムを使用した次第。カメラはずっと愛用していたキヤノンEOS7。

 それは良いのですが、フィルム3巻の現像とプリントで4千円もかかってしまいました。無収入の私にはとても痛い(勤めていた時は毎月1万円ほど使っていましたけど) 実家に帰ってからはデジカメしか使わない理由です。

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島原漫録075(07-08-01)

<実家に帰ってはや2年>
 思えば早いもので、仕事を辞めて島原に帰ってから丸2年が経ちました(平成17年7月末で仕事を辞めました) 全く思えば早いものです。

 なぜこのようなことになったのかと言うと、当時は父の介護と母の家事手伝いのため、週末はずっと佐世保(当時の勤務地)と島原の往復でした。これに疲れ果て、疲れ果てると正常な判断も出来なくなり、仕事を辞めて実家に帰ったのでした。

 辞めた時に決めたこと。

  ①父の介護と母の家事手伝いをすること。
  ②最初の2ヶ月は何もせずボ~ッとして、3ヶ月目から何か活動をしよう。
  ③2年目くらいには収入を得ることが出来るようにしたい。

 と言うことでした。では実際にこの2年間に何をやったのかと言うと

  ①父の介護と母の家事手伝いを行っている。
  ②最初の2ヶ月は何もせずボ~ッとしていた。
  ③55歳にしてはじめて自動車運転の免許を取った。
  ④町内会の役員から依頼されて、総務の役員になった。
  ⑤島原市福祉センターと保険センターで各種ボランティアの勉強と活動を行っている(特には下記の3つ)
    ・要約筆記活動と聴覚障害の方々のお世話。
    ・点訳(点字翻訳)活動と視覚障害の方々のお世話。
    ・島原市の介護ボランティアの立ち上げに参加。
  ⑥女性の茶飲み友達も出来た(ボランティア仲間)
  ⑦島原市市勢振興計画の委員になった。
  ⑧島原市まちづくり100選の選定委員になった。
  ⑨上記のようなことを行いながら、島原市の行政と川尻町内会に大分顔を売った。

 もともと私はボランティアを行う気持ちは全くありませんでした。でも運命と言うか何と言うか、どっぷり浸かりだしています。ただボランティアの横のつながりで、大分知り合いが増えたのは良かったことです。

 私がなぜ島原のボランティアで重宝されているのかと言いますと

  ①パソコンを使えること。
  ②男性だからということ(島原でいろんな障害をお持ちの方に対するボランティア要員で、幸か不幸か男性は私だけです)

 私は今まで身体に障害をお持ちの方と、お付き合いはありませんでした。でもボランティアを行うようになり、色んな障害をお持ちの方々と知り合えることが出来ました。皆さんそれぞれ苦労しながら、より良く生きる権利がある!と「自己表現」をしておられます。教えられること、感心させられることが多いです。それに比べて私の何と軟弱なことか・・。

 私はボランティア、ボランティアと言っていますが、無料で行うものではありません。ちゃんと活動による対価や交通費その他実費をいただく事が出来ます。これはちゃんと決められています。ただ活動費はとても安い。これだけでは生活はとても出来ません。そして出ない時のことがまだまだ多い。ちなみにお金の出所はボランティアを依頼する行政、各種団体(聴覚障害者の団体、視覚障害者の団体、等々)からなどです。個人からの依頼は今のところ無料です。

 今月から島原生活2年目に入ります。いよいよ本格的に島原市内かその近辺で仕事を探さねばなりません。たまにはストレス解消もしたいし、パソコンやデジカメも買いたいし・・。

<追記>
 一昨日私のプリンタ(エプソンPM950C)が遂に壊れてしまいました。インクカートリッジの設定は正しい(エプソン・ソフトが判断)のですが、いざ印刷時に色が出ないのです。約10年近く?使いましたので、寿命かも知れません。ああ、またお金が出て行く・・。

 佐世保でまだ仕事をしていた時に、キヤノンのモバイルプリンタとNECの小型パソコンを買っていました。これは現在ボランティア活動時に持ち運び色々と活躍をしています。当面はこのモバイルプリンタで対応するしかありません。ただインクカートリッジも小型ですので、写真を数10枚印刷するだけで、もうインクが無くなってしまいます。ああ、また出費が増える。

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